常識という宗教
地球上すべての人間に共通の宗教がある。それが常識である。しょせん、教えであるし、変化する。
地球上すべての人間に共通の宗教がある。それが常識である。しょせん、教えであるし、変化する。
この日記を始めたころはネタ帳をつけていた。まあ、今はもう、そんなやる気はないのだが、その昔のネタ帳がカバンに入ったままになっていて、バイト先のブンブンに落としてしまっていた。 次の日行ったときには大変だ。ミュージシャンと思われてしまった。尾崎豊系の詩やなあ、とか言われて無茶苦茶恥ずかしかった。終わり。
釣具屋でバイトしてたら、バイト先の社員さんがえらい長い時間わけのわからんおっさんに説教をされていた。一体何を言われていたのか気になって後で聞いてみると次のようなことだった。
”お前ら、魚をいじめて楽しいか?釣りなんてなー、自然に背いた人間のエゴじゃーおまけにお前らはそれを商売にまでして何様のつもりじゃー”
まあ、ここらへんまでは何となく言おうとすることはわかる。
”お前ら、見とけよー、いいか、3年じゃ、忘れるなよー、3年じゃー魚の復讐がはじまるぞ、人間はもう終わりだ。宇宙に放り出されるのじゃー”
とまあこんな感じで永遠1時間近く真剣に説教されていたのである。この話しを聞いたときどんなに笑けたか、それは想像を絶しまっせ。本当オレにじゃなくてよかった。
家に帰ると部屋が整頓されていた。また、勝手にイジくりやがってと思い、怒ったらこう言われた。
”あんたの部屋ヤモリおってんでー。いくらなんでもひどすぎる。あんたの部屋から家が腐っていったらかなわんからなー。そうそう、ハエみたいに太った蚊もおったで。部屋の主みたいになってたわ。逃げられたから、まだどっかにおるわ”
最近なんか体がかゆいと思ったらそういうことだったわけだ。もちろん何も言い返せなかった。
昨日のことである。電話が鳴ったので僕がでた。そしたら、はっきりしない声で○○さんいますか?と言うのである。ごにょごにょしてて何を言っているのかわからないから、いらいらして、○○○ですか?と妹の名前を言ってしまったのが悪かったのである。その時僕は、名前を名乗らないどころか、夜遅くに礼儀ないしゃべり方だったので、後で妹に説教しなあかんなと思っていたのである。しかし、妹が電話にでたところ、電話相手は知らない人で、さらにわけのわからんことを言っていたようである。最終的には3万円でしゃべってくれ!と言い出したらしい。そのへんで妹が僕に電話を持ってきたのだが、僕がでた時にはもう切れていた。全くこんなに身近でもこういうこともあるもんだなあー、とヘンに感心してしまった。別に好きな人に積極的にアプローチすることは大いに結構だと思うが、お金の話しになるところのが妙に情けなく感じた。
世の中、しょせん結果論。課程を重視と言っても、結果を出した奴の課程しか見てくれない。
生まれて始めて接客というものをしている。慣れていないので非常に疲れる。ちゃんとしゃべれない。僕は大学に入って、大分人見知りはマシになってきたなと思っていたが、とんでもなかった。
”なかたに君、君が元気な子だっていうのはよくわかっているから、もっと元気出していこう!”
”笑顔、笑顔”
”ロボットみたいになっているよ”
などをしばしば言われて、ひきつって笑っている今日この頃である。
レヴィ=ストロースの近親相姦の考えの知ってほほうと思った。あんまりほほうと思ったので、簡単に説明さして頂く。
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