サッカーをプレイする、観る、応援する。の違い
先週末、日本代表のチリ戦を見に行った。
ドイツワールドカップの時に、僕はFIFAのサイトで観戦チケットを当てた。
結局行けなかったので、そのチケットをネットで売った。
その時、売った人が日本代表サポーターだったので、東京にいるなら一緒に応援しよう、ということになって、初めての国立競技場、初めてのゴール裏を経験してきた。
ネットでのこういう出会いはとても嬉しい。聞けば日本代表の試合はほとんどスタジアムで見ているとのこと。ゆっくり話をする時間はあまりなかったが、誘って頂いて本当に感謝です。
ただ、今回サポーターに交じって応援したことでいろいろな発見があった。
- 選手の応援ソングは、選手の所属しているクラブチームの歌を歌うらしい。
だから、選手が移籍すると応援ソングも変わる。そういったことを試合前に打ち合わせしている。 - 試合前には、ブルーの大きなユニフォームがでてくる。
19時7分にユニフォームを出すから、その際は通路を空けるように、みたいなやり取りが聞こえてくる。もちろん、ユニフォームが出ている間は全く何も見えなくなる。そのユニフォームもユニフォームデザインが変わるたびに作り替えている。
今回、早速新しくなっていた。いったい誰がどこで作っているんだろう。 - ゴール裏はそれぞれエリアごとに盛り上げる担当が決まってる。自分と違うところが盛り上がっていると、関係者は少し悔しそうだった。
- 試合が始まると、みんなで歌を歌う。僕も歌った。声出して応援するとかなり疲れるし、冬の夜は本当に寒い。
- 相手へのブーイングもしていた。Jリーグ元年に比べると応援の仕方は格段に進歩していた。
- メインサポーターはウルトラズ。彼らは必ず12番ゲートから入って陣取る。今回僕がいっしょに応援したのはウルトラズではない。
しかし、違和感を感じた部分もある。
それは、試合をしっかり観ているのか。ということ。
僕はプレイに釘付けになって、何か1つのプレイに一喜一憂する時がある。
だが、それを周りからはあまり感じなかったのだ。観ることと応援することは別なのだろうか。
完全には一致していないように感じた。
僕はプレイをしっかり見たい。そういう意味では、ゴール裏は展開が分かりにくくて、確かに見にくい。
この疑問は僕の中ですごく大きい、海外ではどうなっているんだろう。トラックがなかったら見やすいのだろうか。
僕は中学からサッカーをやってきて、サッカーやってた友達で試合観戦に行っているやつはあまりいない。今までこのことに何の疑問も持ってなかった。もちろん、観戦も好きな人もいる。ただ、わざわざスタジアムに行く人は少ない。
ドイツワールドカップに行ったやつは、ワールドカップ期間中ずっといろんな国のやつとサッカーをして、やはりブラジルは普通のやつもプロみたいにうまい。
日本もみんながサッカーがうまくならないとダメだ。と冗談のように言う。
僕がイギリスで草サッカーをしたときは、他の国の人がそんなにうまいとは思わなかった。でも点は取る。日本人はテクニックはあるが、試合には勝てない。
少し前にテレビで、ドイツでプレーしていた高原に小倉がインタビューしていた。
高原いわく、ドイツ人はそんなにうまくない。しかしシュートまで持っていける。あれは何なんだろう。と言っていた。同じようなことをあちこちで聞く。
日本人は日本人は技術的にうまいと思っている。では、海外の人は日本人をサッカー選手としてうまいと思っているのだろうか?
たぶん、それはない。
サッカーは点を多くとったほうが勝ち。シンプルな競技だ。
自分の物差しで何かを図るのは大いに結構だが、その図り方が適切かどうかたまには確認する必要があると感じた。
選手は点を多くとるために、いろいろな努力が必要だ。もちろんテクニックも磨く。
そして、我々は日本のサッカーを強くするために、応援する。応援するためには観る目も必要だ。
サポーターが観る目がないと言っているわけではない。
僕より絶対あると思う。ただ、応援の中では残念ながらあまり感じられなかった。
勝ち負けだけでなく、プレーの細部を楽しめるほど、まだ日本にサッカーは根付いていないのだろう。
僕のように感覚だけでスポーツをやってきたやつは観る目がない。
プログラマやってたから多少ロジカルには考えるが、多分どんな出来事に対しても最終的には感覚を重んじている。
いろんな観る目を鍛えたいと思う。
市場の観る目が肥えてはじめてフェアになる。
フェアになってはじめて正しい競争が生まれる。
もちろん、サッカーに限った話ではない。
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